映画「切り裂き魔ゴーレム」あらすじと感想【ネタバレあり】承認欲求モンスターの殺人

「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのビル・ナイが主演した、ゴシック・ミステリーです。
「レディ・プレイヤー1」のオリヴィア・クック、「メアリーの総て」のダグラス・ブースらが共演しています。
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あらすじ
霧と煙に包まれた19世紀末のロンドン。
港町ライムハウスで起きた連続猟奇殺人事件が、街に不穏な影を落としていた。
人種・年齢・性別さまざまな被害者たちは、いずれも無惨に切り裂かれ、犯行はあまりにも異常。
犯人は“ゴーレム”と呼ばれ、新聞や大衆の間で都市伝説めいた存在として恐れられていた。
そんな中、舞台女優リジー・クルーは、夫ジョン・クルーの毒殺容疑で逮捕される。
リジーはかつて貧民街で育ち、人気劇団の座長ダン・レノに見出されて舞台の世界へと飛び込んだ、強い意志を持つ女性。
だが夫ジョンとの関係には、何か重苦しい影が差していた。
この殺人事件を担当するのは、スコットランド・ヤードのジョン・キルデア警部。
彼は同僚や上司から「使い捨て要員」として扱われながらも、鋭い観察力と冷静な推理で真相に迫ろうとする。
キルデアはやがて、ジョン・クルーが生前“ゴーレム事件”を独自に調査していたことを知る。
そしてその調査資料から、図書館の閲覧記録に辿り着く。
そこには、ゴーレムが自らの犯行を綴ったとされる“日記”が密かに書き込まれていた。
閲覧者として名前が挙がったのは、名だたる文化人たち。
作家ジョージ・ギッシング、舞台俳優ダン・レノ、哲学者カール・マルクス、そしてリジーの夫、ジョン・クルー。
ゴーレムは誰なのか?
リジーは本当に夫を殺したのか?
舞台の裏に隠された秘密と、連続殺人の真相をキルデアは追う。
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感想
「犯人は誰か?」というミステリーとしての興味もさることながら、本作で最も印象に残るのは、リジーという女性の壮絶な生き様です。
映画が進むにつれて明らかになる彼女の過去は、貧困、虐待、搾取、そして演劇という「仮面の世界」を通して築き上げられた、ねじれた自己実現の物語でした。
犯人は誰だったのか?
終盤、観客はある真実に直面します。
“ゴーレム”とは、なんとリジーだったのです。
ジョン・クルーが残したとされる日記は、実はリジーが書いたもの。
彼女は自らの手で何人もの命を奪いながら、それを一種の「舞台作品」として記録していた。
その筆跡をキルデア警部が突き止めたとき、全てのピースが揃います。
彼女は夫を毒殺したのではなく、夫に自分の正体を知られたため、口封じのために手を下したのです。
リジーの動機には、抑圧された者が自己表現を求めて狂気へ至るプロセスが色濃く描かれています。
彼女は、虐げられてきた人生の中で、舞台の上だけが自由になれる場所だった。
しかし、その「自由」はやがて現実でも表現を求め、殺人という行為で“自分の存在を刻みつける”という極端な方向へと突き進んでいくのです。
キルデアは真実にたどり着いたものの、あえてそれを法廷で明かしません。
リジーが犯人であると証明すれば、彼女は殺人鬼として歴史に名を刻む。
しかし彼は、その「劇的なラストシーン」を彼女に与えることを良しとせず、リジーの希望通り、ジョン殺しの罪で処刑させる道を選びます。
この選択はとても静かで哀しい。
リジーにとって、自分の“作品”を世に知らしめることが最大の欲望だったはずなのに、そのラストを奪われて終焉を迎える。
彼女の人生は、最後の最後まで“舞台”だったのかもしれません。
観客(=私たち)を欺き、魅了し、そして静かに幕を下ろす。
彼女の笑みは、勝者のようでもあり、敗者のようでもありました。
そして見過ごされがちですが、非常に印象的な脇役がいます。
かつて舞台のトップに立っていたアヴェリーン・オルテガです。
かつてはリジーよりも先にスポットライトを浴びていた彼女は、現在ではリジーの家に仕えるメイドとなり、しかもリジーの夫ジョンの愛人という、屈辱的な立場に甘んじています。
これは単なる三角関係ではありません。
アヴェリーンの存在は、リジーがどれだけ強迫的に「自分の居場所」「支配」を求めていたかを物語っているのです。
リジーは、自分がかつて憧れていた存在をわざと自分の下に置くことで、支配の快感と優越感を得ていたのかもしれません。
その裏には、男性中心社会で「価値ある女」として生き延びるには、他者を踏み台にするしかなかったという、残酷な現実があります。
アヴェリーンはリジーの“鏡”のような存在です。
失脚した女と、頂点に立つために手を汚した女——。
彼女たちはどちらも、同じ舞台の上で踊っていた、哀しくも対照的な存在でした。
実際リジーの処刑直後、アヴェリーンはこの事件を舞台化したジョンの作品で主演を張ります。
しかし処刑シーンで本当に死ぬことになりました。
奇しくも同じ最期を、同時期に迎える因果な関係を物語っている、上手い構成です。
派手なアクションや派手な展開こそありませんが、じわじわと迫る緊張感と、徐々に浮かび上がる人間の闇に引き込まれます。
単なる殺人ミステリーではなく、芸術、暴力、抑圧、そして「語られること」を欲したひとりの女性の物語として、いろいろ考えさせられる作品でした。
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