田辺聖子「むかし・あけぼの 小説 枕草子」【感想】心から忠誠を捧げられる存在がいる幸せ
随筆「枕草子」をベースに、史実や「清少納言集」などを照らしながら清少納言の人生を描いた長編小説です。
昭和61年に上下巻で発売されました。
どちらも400ページ越えの大ボリューム。
またもパソコンのメンテナンス3日間で読み切れず… めちゃくちゃ時間かかりました (;´∀`)
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あらすじ
歌人と名高い清原元輔の娘として生まれた海松子 (みるこ)。
年老いた父から特段に可愛がられ、父の勧めで橘則光と結婚した。
しかし則光は情緒を理解しない無骨者で海松子を失望させる。
さらには他の女に産ませた子供たちを海松子に面倒みさせるのだった。
海松子は、幼い頃に亡くなった母の顔は覚えていないが、母の朋輩の娘・弁のおもとが藤原道隆の妻・貴子の上の女房をしている縁で、上流階級の噂話などをよく耳にしていた。
あるとき、子供たちが乳母たちと出かけて一人になった折に、ふと心に思ったことを書きつけると興が乗ってきた。
「春のあけぼの草子」と名付けたそれを弁のおもとに見せると、道隆の長女・定子姫がとても褒めていたと聞いて舞い上がる。
定子姫の女房として宮仕えをしないか、と打診されるが則光に反対される。
感想
春はあけぼの、という美しい出だしで有名な枕草子ですが、この小説では則光の悪口から始まります。
時期としては宮仕えを始めて数年後… 別れてから御所で再会した頃のようです。
そこから文章は、女性によくある会話のように「あ、そうそう〇〇といえば…」とまた過去の話や別のエピソードに飛ぶので、正直時系列が整理されていない構成に読みづらさを感じました。
「私はいま、彼女の人生の何歳ぐらいの頃の話を読んでいるんだろう?」と混乱に落ちることもしばしば。
人物紹介や時の権力情勢の説明でもあったので、必要な部分ではありますが、なかなか読み進められなかったです。
徐々に整理されていき、前半部分の説明も「ああ、ここでゴチャゴチャまた説明しなくて済むから書いていたのか」と合点がいき、次第に読みやすくなります。
藤原兼家の権勢、円融帝から花山帝へ、花山帝の騙された出家、そして一条天皇の御代に。
激しく動く時代の変遷を、海松子は一歩引いたところから冷静かつ少しだけ辛辣に見ていました。
だけど弁のおもとから宮仕えを勧められて、華やかな世界に憧れる気持ちに気づきます。
反対した則光ですが、数年後に彼女の出仕を許し、定子が中宮になってからようやく海松子は宮仕えを始めました。
御所での呼ばれ方は「清少納言」。
こちらのほうが一般に知れ渡っていますよね。
本名があるとは思いもよらず、しかもミルコさんって、後ろに「クロコップ」とつけたくなる私は元K-1好き。
こないだピーター・アーツの名前を久々に見たせいもある (;´∀`)
御所に上がった清少納言は、中宮定子に真っ直ぐな敬愛を示します。
権力闘争のため円融・花山両天皇の後宮の暗さを払拭した、明るく楽しい定子のサロンは清少納言にとって居心地の良い場所でした。
特に「連想ゲーム」とか「マジカルバナナ」みたいな知的ゲームをしているときは清少納言の本領発揮で、トンチの効いた一言を言えばこれまた才女の定子が清少納言を褒め、気の利いた言葉をつけてますます少納言が定子を敬愛する。
自分の知的レベルに匹敵する女主人に仕え、内裏に出入りする公達と冗談を言い合ったり、時の権力者・一条天皇や関白の藤原道隆らにも気安く声をかけてもらえる。
人となりに触れて、定子をはじめ道隆一家が大好きになった清少納言ですが、道隆の父・兼家のことはボロクソに言ってますw
清少納言に「局 (内裏で女房たちにあてがわれる部屋) まで送るよ」と言い「そこ段差あるから気を付けて」と袖を引いてくれる定子の兄・伊周のイケメンぶりに読んでいるこちらまで「伊周をオトせる乙女ゲームはどこかにありませんかー!?」と萌えました。
そんな楽しさに満ち満ちた前半から、道隆の急死により中宮たちの人生は暗転。
清少納言たち仕えている女房たちにも試練の時がきます。
このあたりから、かなり読みごたえのあるものになってきました。
定子への敬慕と忠誠心が、清少納言の人生の核となっています。
どんなに辛い境遇でも最後まで定子に仕えると決意し、心の中では常に定子のことを案じています。
次々と不幸に見舞われる定子を思って胸を痛め、一条天皇が定子を深く愛していることを心から喜び、再び定子が入内できたことに安心し…
定子の境遇次第で清少納言の気持ちも激しくアップタウンし、いかに定子が彼女にとって大切な存在かを読者に訴えかけてきます。
そして定子の最期。
彼女の遺体に近づこうと「泳ぐように歩く」という表現に、かけがえのない人を失ったショックのほどが分かります。
最後は60歳も超えた海松子が、定子が眠る鳥野辺の方角に手を合わせ、心の中であけぼの色の空の様子を定子に語りかけるシーンです。
則光でもなく、定子の死後に再婚した相手・藤原棟世でもなく、内裏でいつも楽しく会話していた公達でもなく、定子。
魂が共鳴し合う相手というのは、恋愛以上に崇高な関係だったのかもしれません。
あとがきで田辺先生も、「定子という存在がいた清少納言は幸せな人だった」と書いています。
たとえ別れの辛さがあってもソウルメイトに出会える幸せ、とは至上のものだと感じました。
ちなみにイケメンだった伊周さん…
流罪になり、赦されて京に戻されてからは怪しい祈祷にドハマりして心身ともにヤバい人になってイケメンの面影がなくなってしまったそうです…
伊周を救うエンドがある乙女ゲームはどこかにありませんかー!?
こちらもよろしくお願いします
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