映画「髪結いの亭主」あらすじと感想【ネタバレあり】フェチにこだわった不幸
パトリス・ルコント監督が「仕立て屋の恋」に続いて撮影した大人の恋愛映画です。
日本でもヒットし、ルコント監督の名前が広く知られるようになりました。
何度もコンビを組んでいるジャン・ロシュフォールが主演を務めます。
あらすじ
老年に近いアントワーヌの頭の中は思い出がたくさん詰まっている。
12歳前後のとき、ノルマンディーの海では母の手作り水着を着て泳いだこと。
毛糸で作られていて何かと不快だったけれど、それがアントワーヌの性の目覚めに一役買っていた。
同時に、アントワーヌは床屋さんに行くことにハマッていた。
ふくよかな美女シェフェール夫人が一人で切り盛りしている男性専用サロンは、いつもお客が少なかった。
ドアを開けるとローションや化粧水のいい香りが充満している。
そして何よりクセになったのはシェフェール夫人の体臭だった。
シャンプーしてもらうとき、彼女の胸が頬に当たる感触は何にも代えがたい至福のときだ。
カットの必要がなくてもアントワーヌは通い詰めた。
6月の暑い日、いつもどおりカットしてもらっているとき、ふと横目で見ると白衣の下にブラをつけていない夫人の胸が、バストトップが見えるか見えないかのギリギリまで露出されているのが見えた。
理想的な丸みを持った乳房にアントワーヌは口もきけないほどの衝撃を受けた。
そして決めた。
自分は将来、髪結いの亭主になる。
時は過ぎ、今から10年前にアントワーヌは夢を叶えた。
前オーナーから店を引き継いだ理容師のマチルドは、一人でサロンを経営していた。
ガラス張りのドアからマチルドを見たアントワーヌは一目惚れし、生涯の伴侶と決めて髪を切ってもらっているときにプロポーズする。
完全に無視され、その日は彼女の部屋の下で夜を明かした。
3週間後ふたたび店に行き、冷ややかに対応されるが、それがかえって欲望を掻き立てられた。
散髪中、互いに無言だったが、会計どきにマチルドのほうからプロポーズのことを切り出し、OKと返事をくれた。
それから10年。
アントワーヌは念願どおり美しい髪結いマチルドの亭主として、日がな一日サロンで過ごす至福の日々を送っている。
マチルドにとっても幸せな毎日だったけれど、その幸せが彼女は怖かった。
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感想
異性のこの部分はたまらん! という何かのフェチを持っている方、意外といるのではないでしょうか?
映画を観ててもトリュフォーやロメールは脚フェチだなぁ、なんて思いますし。
私の友人たちは男性の肩甲骨や歯並びに注目してるし、私はうなじに興奮します。
アントワーヌは贅沢にも二つフェチを持っています。
乳房と理容師です。
フェチというと身体的な部分のみのようにも感じますが、アントワーヌの「相手は理容師であること」へのこだわりは、職業に対してのフェチと言っても過言ではないでしょう。
どんなに美乳でも他の職業では絶対ダメで、あくまでも理容師のパイオツであることが絶対条件という、すんごいハードルの高さです。
しかもその形も理想の丸みを持っていなければならず、ちっぱいではダメ… なんでしょうね。
はっきり描写してないけど、マチルドの谷間を楽しんでますから。
そんなフェチフェチのアントワーヌは12歳の頃、父から聞かされた言葉があります。
「人生は単純だ。物でも人でもただ強く望めば手に入る。失敗するのは望み方が弱いからだ」
“髪結いの亭主”という強く強く望んだポジションをゲットできたのは、この言葉が夢を叶えるための原動力となったからでしょう。
ただ、手に入れた後は…?
ここまで考えてはいなかったかもしれません。
理想を実現したことで安心しきり、自分と妻だけの閉塞的な空間に安寧していたアントワーヌは、マチルドのことを本気で考えてはいなかったと思います。
自分の理想に浸ってばかりでマチルドが何を考えているか、真剣に見てこなかったから最後の悲劇は起こったんでしょうね。
アントワーヌとマチルドは、この10年間、その夜にはすっかり仲直りするくらいの軽いケンカしかしたことがなく、上手くいっていました。
不仲のタネはなく、相手への不満もない。
マチルドの体型が崩れてしまうので子供はいらない。
やたら家に来るような友人もいらない。
アントワーヌの世界には美しい理容師と居心地のいいサロンさえあればいい。
幸せでしたが、マチルドは何かを見抜いていたのでしょう。
「愛しているフリだけはしないで」とアントワーヌに伝えました。
ある日、散髪に来た客が、ある詩の解釈を二人に話して聞かせます。
「今は魅力的に感じるものでもいつかは消える。
魅力を感じなくなったら他を探すだけ」 というものでした。
またある日はマチルドに店を譲った前オーナーがいる老人ホームに行き、日に日に年をとっていくことの虚しさを聞かされます。
そこから日も経たず、マチルドは常連客の背中がどんどん曲がってきて老いていっていることを実感し、「人生ってイヤね」と呟きます。
その後すぐマチルドは雷雨の中、傘も持たずに「買い物に行ってくる」と言って外に出て行きます。
アントワーヌは後を追おうとしますが、一歩外に出て、またすぐ中に引っ込んでしまいました。
角を曲がったところからマチルドはそれを見て、振り切るように走ります。
向かった先は豪雨で増水し急流になっている川。
マチルドは迷いなくその中にダイブして自殺しました。
マチルドの遺書には、アントワーヌをとても愛しているからこそ、先に死なれたり飽きられたりして辛い思いをする前に死ぬ、と綴られていました。
生きて不幸になるより、幸福なうちの死を選んだのです。
いま二人は愛し合っていて幸せですが、この幸せはいずれ壊れるものだとマチルドは気づいていたのでしょう。
アントワーヌは美しいマチルドを愛している。
では年をとって容姿が衰えたら…?
そして理容師であるマチルドを愛している。
もし理容師ではなくなったら…?
マチルドが幸せを感じていたことは間違いないのですが、常にこの不安と背中合わせだったのかもしれません。
実際アントワーヌはマチルドの内面にさして興味を持っていません。
マチルドの様子がおかしいにも関わらず追いかけてこなかったわけですから。
あまりにも幸せだと怖くなる。
壊したくなくて、失いたくなくて、逆に不安を抱いてしまう。
マチルドには確実にその時が近づいてきていました。
“老い”という止めることができないものが、幸せを壊す要因だからです。
細かく蓄積されていった不安がマチルドを支配し、こうした結末になったのだと思います。
自分のフェティズムにこだわるアントワーヌに合わせすぎたせいかも、と。
相手の内面もきちんと見る努力をしなければ、表面的な幸せは崩れ去るのでしょうね。
自分の理想だけに相手をつきあわせる子供っぽい真似はするな、という教訓になる作品です。
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