映画「サルバドールの朝」あらすじと感想【ネタバレあり】こ、この処刑器具は何ですか…?

フランコ独裁政権末期に、反政府活動に従事し死刑になった実在の人物サルバドール・プッチ・アンティックの半生を描いたスペイン映画です。
「イングロリアス・バスターズ」のダニエル・ブリュールが主人公を演じます。
「トーク・トゥ・ハー」のレオノール・ワトリングがヒロインです。
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あらすじ
1973年、フランコ政権の圧力が色濃く残るスペイン・バルセロナ。
仲間との待ち合わせでカフェにやってきた無政府主義者サルバドールは、待ち伏せしていた警官たちに捕まる。
必死に抵抗するサルバドールは、懐から銃を取り出して乱射。
警官たちも応戦し、ひとりが死亡。サルバドールも重傷を負った。
一命を取りとめたサルバドールだったが、すぐに独房に収監される。
三人の姉たちが手配してくれた弁護士アラウと面会したサルバドールは、逮捕されるまでの経緯を最初から語った。
5年前に、ただビラを配っただけの20歳の学生が殺された。
ここから再び非常事態宣言がスペイン中に渡り、自由と独立を求めたサルバドールが反政府運動に身を投じるきっかけとなる。
現体制に不満がある若者は多く、同士は自然と増えていった。
しかし付き合っていた彼女クカとは合わなくなり、未練を残しつつも友達に戻る。
そしてサルバドールたちは労働者階級を解放するためのグループを作り、資金調達のため銀行を襲うことにした。
銃を手に入れ、グダグダながらも強盗に成功したサルバドールだが、生活は一変する。
偽名を使って身分を隠し、家族とも絶縁。
活動拠点をトゥールーズに移し、国境越えが当たり前の人生になる。
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感想
実話を元にした重いテーマの映画ですが、70年代らしいスタイリッシュさも漂わせており、映像表現がとても印象的でした。
まず冒頭のオープニング。
ベトナム戦争や革命運動、キング牧師、チェ・ゲバラなど、混沌の時代を象徴する映像や写真がグラフィティ調の文字とともに次々と映し出され、非常にアーティスティック。
私は当時の世代ではないのですが、それでもこの時代を生きた人々への敬意が映像から伝わってきました。
そしてこのスタイリッシュなトーンは、サルバドールたち若者の活動シーンにも引き継がれます。
暴動や銀行襲撃の場面が、音楽との相乗効果でアメリカン・ニューシネマのような活気と若さにあふれていて、命がけのはずなのに、どこか青春のエネルギーがにじんでいました。
たとえば初めての銀行強盗。
声明をカッコよく読み上げようとしたのに噛んでしまって、自分たちで笑ってしまう。
そういう等身大の若者っぽさが描かれていて、まるで青春グラフィティのような前半です。
けれど当然、体制への反抗と若さの無鉄砲さは、破滅を呼びます。
映画冒頭で描かれた通り、サルバドールは警官殺しの罪で死刑を宣告されます。
後半はその処刑までの時間をじっくり描き、サルバドールや彼の家族、弁護士アラウ、看守ヘススたちの感情の機微を丁寧に追っています。
特に印象的だったのが、ヘススの変化。
警察官を殺した“国家の敵”として激しく敵意を向けていた彼が、ある日サルバドールの私物検査中に、父に宛てた手紙を読んでしまいます。
「あなたは子育てに失敗したと思っているかもしれません。だけど僕は父さんから“責任から逃げない”という精神を教わりました。」
──この一文に心を打たれました。
かつては反骨精神を持っていたというサルバドールの父は、今では打ちのめされ、生きる気力を失っています。
面会にも滅多に来ず、恩赦も諦め、ただ日々を消化しているだけ。
それでもサルバドールは、父を責めることなく「最後まで心の支えでいてほしい」と静かに願う。
その心遣いがヘススの心にも響き、敵だった彼が、徐々にサルバドールに寄り添うようになります。
わずかながら、救いを感じさせる展開です。
ですが、現政権は非情でした。
軍事裁判では証拠も不十分なまま、有罪は確定。
サルバドールが本当に警官を殺したのか、判然としない中で、死刑判決は覆りません。
ラストは、姉たちと過ごす最後の12時間を静かに描き、処刑の瞬間へと向かっていきます。
そしてサルバドールが移動させられた先で目にしたのは、「ガローテ」と呼ばれる絞首刑の器具。
「ああ… 嘘だろう?」と絶望する彼の声が、あまりにリアルで、見ている私も思わず「なにこれ…?」と声に出してしまいました。
前時代的で拷問器具のような見た目。
使い方もわからない──と思ったら、処刑シーンははっきりと映されます。
「こんなに苦しめなくたって……」と、非人道的すぎるやり方に絶句しました。
確かに、サルバドールには警官の死に関与した責任があるのかもしれません。
逮捕時に銃で抵抗していたのも事実。
たとえ、直接の死因が味方からの誤射や流れ弾だったとしても、原因の一端は否定できない。
でも──それでも彼が抵抗した理由も分かります。
捕まればリンチされるのは明らかだったから。
そう考えると、警官の死は個人の責任だけでなく、国家体制そのものが生み出した悲劇と言えるのではないでしょうか。
だからこそ、恩赦は妥当だったし、あんな残虐な処刑である必要はなかった。
見せしめ──そう言われるかもしれませんが、結果的にこの処刑がスペイン民主化のうねりに繋がったのだと思います。
エンドロールでは、「サルバドールの名誉回復の裁判が続いている」と表示されます。
そしてこの映画の公開から19年後の2025年1月30日──
スペイン政府は、サルバドール・プッチ・アンティックの裁判と判決を公式に「無効」と認定しました。
政府は、サルバドール・プイグ・アンティッチの裁判と有罪判決の取り消しを公式に認定します
何気なく観た一本の映画が、こんな節目のタイミングに重なるなんて。
思いがけず心を揺さぶられ、ラストまで一気に引き込まれた、見ごたえある作品でした。
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