映画「灰とダイヤモンド」あらすじと感想【ネタバレあり】破壊 = 死 の後に残るもの
ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督が「世代」「地下水道」に続いて撮った “抵抗三部作” のひとつで、かつ代表作に当たります。
レジスタンス側の暗殺者マチェクを中心に、ドイツから解放された日の出来事を群像劇として描いています。
新品価格 |
あらすじ
1945年5月8日。霊廟の前にある丘。
反ソ連のレジスタントであるアンジェイと手下のマチェクは、のんびりと寝そべりながらある人物を待っている。
ふたりに協力している市長秘書が見張りに立ち、一台の車が来たところでふたりに合図した。
ふたりはそれぞれ銃を持ち、車中の人物たちを撃ち殺した。
一仕事済ませたふたりは町の広場に行き、ドイツが降伏した、という放送に聴き入った。
ドイツと入れ替わりにソ連がポーランドを侵略しようとしている。
だけどそう簡単にはやらせない。
ソ連から帰国したばかりの共産主義者で、労働党県委員会書記を務めている男シュチューカを、たった今殺してきたばかりだから。
殺戮が行われた丘では、銃撃を受けた遺体を前にシュチューカが立っていた。
殺されたのは工場に勤務する一般市民たちだった。
彼らはシュチューカの車の前を走っていたため、間違って殺されたのだ。
マチェクたちは市長秘書と合流し、市長主催の終戦祝いの宴が行われるホテルに行く。
ロビーからアンジェイは、自分たちにシュチューカ暗殺を命じた少佐に電話をかけた。
マチェクがフロント近くで待っていると、恰幅のいい男性がチェックインしてきた。
シュチューカだった。
名前と、フロント係と交わす会話から、この男が本物のシュチューカだと気づいて戦慄する。
誤って別人を殺してしまったのだ。
マチェクが電話中のアンジェイに伝えると、その会話が少佐にも筒抜けになった。
アンジェイは少佐の家に呼ばれた。
マチェクは再びシュチューカ暗殺を狙い、フロントで部屋をとった。
上手くシュチューカの隣室になることが出来た。
シュチューカはチェックインの後、すぐに出かけたので不在だ。
マチェクは部屋の窓から、向かいのアパートで泣き叫ぶ女性と、彼女を慰める男性を見た。
女性は、マチェクが間違えて殺した男性の身内だった。
マチェクは雨戸を閉めて窓から離れた。
一方シュチューカは、義姉の家にやってきた。
妻が亡くなった後、彼女が息子を預かっていると聞いて会いに来たのだ。
しかし息子は、数か月前のワルシャワ蜂起をきっかけに家を出ていた。
シュチューカが帰ったあと、別室から少佐とアンジェイが顔を出した。
少佐は義姉の夫だった。
シュチューカは義兄に命を狙われているのだ。
マチェクとアンジェイはホテルのバーで待ち合わせ、この先のことを話す。
暗殺の実行は継続されるが、アンジェイは殺された仲間の後釜になるため明朝早くこの町を出る。
マチェクが実行しなければならない。
バーでは美人の給仕クリスティーナが忙しく立ち働いている。
マチェクはからかい半分で彼女を部屋に誘う。
つれない態度だったクリスティーナだが、その夜マチェクの部屋にやってきた。
クリスティーナを本気で好きになり、暗殺する覚悟がマチェクの中で揺らぎ始める。
感想
観る前は、政治的な話みたいだし馴染みのないポーランド映画だし…、と取っつきづらさを感じて敬遠していました。
でも観てみると、話の構成も画面の演出も分かりやすくて、第二次世界大戦時のポーランドの情勢に詳しくなくても面白かったです。
でももっと知識があればより深く観ることができたな、と勉強してこなかったことに後悔(;´∀`)
マチェクとアンジェイが、人のいないバーカウンターでグラスに入ったお酒に火をつけて死んでいった仲間を偲ぶシーンがあります。
キャンドルに見立てていて、カッコいいしオサレでハードボイルドっぽい。
自分たちのグラスにもつけようとするマチェクのマッチを、アンジェイが勢いよく吹き消し「俺たちは死んでない」。
この先も生きて行く決意を感じる印象深いシーンです。
このシーンでもあるように「死」はこの映画のテーマになっています。
ドイツから (その後ソ連から) 蹂躙されてきたポーランドだからこそリアリティのある様々な “死” が描けたのだと思います。
戦死、それからドイツに抵抗したワルシャワ蜂起での死。
常に死は隣にあり、命は軽く扱われます。
マチェクたちに間違えて殺された工員たちの死。
理不尽さに、周囲の人たちは「いつまでこんなことが続くんだ」と怯え、身内は次々と家族を奪われていく状況に泣き叫ぶばかり。
シュチューカの死。
どんな重要人物になろうと、改革を起こそうとしようと、裏路地の屍になってしまえば全ては無になります。
そして象徴的で有名なシーン、マチェクの死。
町を出られたはずなのに、一瞬の油断・些細な失敗がゴミ山での死を招きます。
彼がこれまで殺してきた人たちへの贖罪をさせられているかのように、長い苦悶の末の死です。
こうして、誰の身の上にも死は突然やってきて唐突にすべてを奪っていきます。
美化もせずに映し出す死の描写はドライでリアルで、自分の身にもいつ起こるかと考えずにはいられません。
そして死を考えるからこそ、この先の生について向き合う気持ちに不思議となりました。
タイトルの「灰とダイヤモンド」は、マチェクとクリスティーナが墓地を散歩しているときに、ある墓碑に書いてあった詩の一部です。
破壊された場所に残るものは灰とダイヤモンドのみ。
残骸の中でも硬質なダイヤモンドはそのまま残るんですね。
マチェクはクリスティーナに「ダイヤモンドは君だ」と言ってましたが、死の後に残る “人の思い” のことを喩えているのかな、と思います。
どんなに理不尽でも、最期に誰にも見取られず孤独でも、一人一人の生きた証は、残った人たちに繋がっていくのかもしれません。
こちらもポーランドが関係しています
新品価格 |